ハートボイルドマスターへの道

小説で標榜している「ハートボイルド」という概念について深く探究する為のブログ。

「探偵物語」でハートボイルドを学ぶ #1「聖女が街にやって来た」

こんばんは。松田悠士郎です。

 

今回から、本格的に「ハートボイルド」を探究して行きます。テキストは、史上唯一無二のハートボイルド作品、「探偵物語」です。今回はその記念すべき第1話「聖女が街にやって来た」を視聴して、私なりの分析を行います。

 

「聖女が街にやって来た」は、テレビドラマ「探偵物語」の第1話であると同時に、後に松田優作さんと共犯関係を築く事になる脚本家の丸山昇一さんの、記念すべきデビュー作でもあります。

また、監督の村川透さんは、優作さん主演の映画「最も危険な遊戯」から始まる「遊戯」シリーズや、角川映画「蘇る金狼」「野獣死すべし」を監督した、この時期に最も優作さんと作品を作っていた方です。

 

ストーリーを簡潔に記すと、工藤探偵事務所を訪れたミッション系の学校に勤めるシスターから、生徒が盗んだバッグを持ち主に返して示談交渉をして欲しいと頼まれた工藤俊作が、持ち主の女性が襲われた現場に遭遇し、犯人に気絶させられた挙げ句に殺人犯に間違われて、汚名返上と持ち去られたバッグの謎を解く為にシスターと共に盗んだ生徒を探し、犯人グループとチェイスを繰り広げつつ隠された謎を明らかにする、といった所です。

バッグを盗んだ生徒を演じていたのが、後に優作さんの妻になる松田美由紀さん(当時、熊谷美由紀さん、余談ですが、オープニングのテロップ表記が「能谷美由紀」になっています)です。

 

ストーリーだけを見ると典型的な探偵もののフォーマットですが、丸山さんの脚本と優作さん達演者の芝居、それに様々な演出等で全体的にコミカルに仕上がっています。

 

通常、探偵は依頼人が来た時にはアームチェアに腰掛けて煙草を吸ってたりする様ですが、工藤の場合は寝間着のまま、しかも寝惚けて悪態を吐きながら股間にタオルを突っ込んで玄関へ出て行くというだらしなさ。この時点で単なるハードボイルドドラマとは一線を画しているのが判ります。

それに、半ば身勝手な理由で依頼をして来たシスターに皮肉混じりに説教しながらも、結局は自分が淹れたコーヒーをシスターが気に入って12杯も飲んだ事に気を良くして引き受ける所など、およそハードボイルドらしからぬ言動を見せます。ただ、その裏には生徒思いのシスターに対して内心「しょうがねぇな、面倒臭いけどやってやるか」という様なニュアンスも醸し出しています。

今回だけでなく、「探偵物語」全編に於いて見られるのは、工藤の「優しさ」です。前回の記事で「ハードボイルド」を「非情な」というニュアンスで使われると書きましたが、工藤に関しては、少なくとも依頼人や街の仲間に対しては限りない優しさを提供します。この辺りが「ハートボイルド」たる由縁ではないでしょうか。

それと、工藤はたとえ拳銃を手にしても決して相手の命を奪う事はしません(最終回は例外ですが、それに関しては最終回の時に書きます)。今回も、犯人グループから奪った拳銃を1発撃った後は、シスターに預けて別行動を取ります(この後シスターと生徒は喜々として拳銃を撃ちますが)。

 

しかしこの話、決してコミカルなだけではなく、ハードボイルドな一面も見せます。

犯人グループのひとりをトイレの個室に追い込んで訊問した際に、バッグの持ち主を殺害した事に対して声を荒らげる場面に、工藤の怒りと正義感を見る事ができます。後の話でも、工藤の義憤が見られるシーンがいくつか出て来ます。どんなに軽妙な装いをしていても、心の底には熱い思いが秘められている。だからこそ工藤は皆(街の仲間、だけでなく我々ファンも含めて)に愛されるのだと思います。

 

それと、この話のポイントとしては、依頼を受ける際に金の話を一切しない事が挙げられます。往々にして探偵ものだと、報酬の話が必ずと言って良いほど出て来ますが、この話ではシスターも工藤も全くしません。恐らく、描かれていない所でそんな会話があったのかも知れませんが、そこは敢えて金の事に触れなかったと好意的に解釈しましょう、そんな所も「ハートボイルド」なのだという気がします(尤も、後の話で工藤が金に目がくらんだりしますが)。

 

この話、当初は第1話の予定ではなかったそうですが、結果的には優作さんの指向する「ハートボイルド」を端的に表した傑作に仕上がり、初回に相応しい話だったのではないでしょうか。

 

尚、テキストとして視聴したのは「松田優作DVDマガジンVol.01」に収録された映像です。副読本として「甦れ! 探偵物語」を使用しています。では、今日はこれにて失敬。