ハートボイルドマスターへの道

小説で標榜している「ハートボイルド」という概念について深く探究する為のブログ。

「探偵物語」でハートボイルドを学ぶ #27「ダウンタウン・ブルース」

こんばんは、松田悠士郎です。

 

唯一無二のハートボイルドドラマ「探偵物語」から、ハートボイルドの神髄を学ぶこの企画も、いよいよこの時を迎えました。そう、今回のテキストは、「探偵物語」第27話(最終回)「ダウンタウン・ブルース」です。脚本は宮田雪さん、監督は小池要之助さんです。「松田優作DVDマガジンVol.13」収録の映像を視聴し、「甦れ! 探偵物語」を副読本としています。

 

スーパーで買い物をしていた工藤は、レジの店員の計算間違いを厳しく糾弾して出て行く。店員は、立ち去る工藤を暗い目つきで睨みつけていた。

「Playbach」に入った工藤は、購入したコーヒー豆をボーイに挽かせる。そこへ、工藤の友人でウェイトレスの久美が声をかける。久美は、恋人で自動車修理工の健と結婚して松本へ行くと告げ、工藤にシクラメンの鉢を差し出す。その健は今、職場へ退職金を取りに行っていて、20時新宿発の特急に一緒に乗ると言う。工藤は久美を新宿駅まで送った。

ホームで健と久美を見送り、帰ろうとした所で、久美が突然倒れる。物陰から健達の様子を窺っていた二人組の男の片割れが、サイレンサー付きの拳銃で撃ったのだ。だが、結果を見たもうひとりが「しくじったな」と叱責してその場を立ち去る。

救急搬送された久美が手術を受けている間に、工藤が健に心当たりを訊くと、健は、「狙われたのは俺なんだ、久美は身代わりになったんだ」と答える。だが健はパトカーのサイレン音を聞いた途端に慌てて病院を出て行く。追いかけようとした工藤だったが、入って来た服部&松本コンビに捕まってしまう。

翌日、工藤は健の勤務先へ行く。そこで聞いた話では、健は臨時工なので退職金は無いし、それ所か無断欠勤を繰り返した挙げ句に昨日になって急に辞めると言い出したらしい。

次に健の住んでいたアパートを訪れると、部屋は既に引き払われ、大家の話では健はまとまった金が入ったからと3ヶ月溜めていた家賃を全て払って出て行ったらしい。

その健は、久美の見舞いの為か、病院の前には来たが、パトカーを見つけて怖じ気づき、更に別の車から男がふたり降りて来たのを見て、慌てて逃げ出した。二人組も後を追う。

健は逃げる途中で工藤探偵事務所に電話し、工藤に助けを求める。健の現在位置を聞いた工藤は、近くにある飯塚の店に隠れろと指示し、飯塚にもその旨を伝える。

請け負った飯塚が、健を店内へ招き入れて歓待していると、二人組が乱入する。飯塚は二人組に撃たれながらも身体を張って健を逃がす。

逃走する健は、途中で腕に被弾する。

飯塚の店を訪れた工藤は、飯塚の死体を発見する。

東署で服部&松本コンビの事情聴取を受ける工藤、服部達に、久美が撃たれた弾と飯塚が撃たれた弾は、同一の拳銃から発射されたと聞かされる。工藤は、健が飯塚の店に置いていったボストンバッグの中身を見せてもらう。その中には300万円の現金等の他に、手帳が入っていた。工藤が中を開くと、「全日本地建中央連合 大森信介」と記載されていた。工藤は手帳を持って東署を出る。

工藤を訪ねてやって来たイレズミ者が、負傷してうずくまる健を発見し、事務所へ連れて行って治療する。だがそこに二人組が現れ、イレズミ者と健を射殺する。

工藤は、病院に久美を訪ねて、大森信介について訊く。すると、久美は今回の事と健との関連を訊いた上で、健は大森に会いに行ったと話す。久美は、モデルクラブを経営する宮本という男に騙され、その際に大森と関わったらしい。

戻った工藤に、半狂乱のかほり&ナンシーが急いで事務所に行ってと促す。事務所に入った工藤は、イレズミ者と健の死体を見つけて、ひとり悲しみに暮れる。

後日、飯塚とイレズミ者の葬儀が行われ、京子、山崎、三郎、ダンディーの4人が参列したが、遂に工藤は姿を現さなかった。

服部&松本コンビは、偶然会ったかほり&ナンシーコンビに工藤の事を訊くが、1週間も行方不明だと聞かされる。

大森の事務所に、建設会社社長の薮原が来ていた。ふたりの話によれば、健達を殺したのは薮原の手下で、健が持っていた300万円は大森が健に強請り取られた金らしい。薮原は、浄水場建設用地一括払い下げの入札に関して、代議士である大森に便宜を図ってもらう様に頼んでいた。

大森の所を出た薮原を、宮本が出迎えた。薮原は手下の運転する車で去り、宮本は自分の車で自宅に戻った。そのエレベーターホール内で、宮本は工藤に襲われる。工藤は宮本の部屋で暴行を働き、宮本に何故健達を殺したのかを問い質す。宮本によれば、薮原の命令で大森の別荘に久美を送り込んだのだが、久美はなかなか言う事を聞かなかったらしい。

工藤は宮本に、薮原の会社に電話をかけさせ、実行犯の二人組を喫茶店に呼び出す。

茶店を訪れた二人組は、既に死んでいる宮本を見つける。死体の懐に挟んだメモを使って二人組をおびき出した工藤は、まずひとりを横断地下道へ誘い込んで匕首で刺殺する。

仲間の死体を見つけたもうひとりが電話ボックスで会社に電話をかけている所に工藤が現れ、やはり刺殺して逃走する。

薮原は「club国賓」で大森を接待していた。大森は店のホステス達を連れてディスコへ繰り出した。残った薮原がトイレに入ると、工藤の襲撃を受ける。薮原を脅して大森の行き先を聞き出した工藤は、個室で薮原を刺殺する。

ディスコ「カンタベリーハウス」でホステス達と踊る大森を、工藤が刺殺する。

久美は回復し、かほり&ナンシーコンビの世話を受けていた。やはり、工藤の行方は判らないままだった。事務所には蜘蛛の巣が張り、電話も不通になっていた。

 

ダンディーが行きつけのプールバーへ行くと、そこにはビリヤードに興じる工藤が居た。離れた席には、以前工藤に糾弾されたスーパーの店員が居る。

ダンディーの問いに、工藤はもう少しこの街で探偵をやると告げた。ダンディーが今夜パーッとやろうと言い残して店を出た後で、工藤も出て行く。店員がその後を追って、工藤をナイフで刺して逃走した。ナイフを抜いて放った工藤が、その場に崩れ落ちた。

 

以上が、今回のストーリーです。

今回ばかりは、笑いの要素は一欠片もありません。

健と、健に関わった仲間達を殺した奴等に、工藤がストレートに怒りを爆発させます。そこには一切の捻りも無く、ひたすら容赦の無い暴力を叩きつけます。宮本の時は家具を投げつけ、実行犯の二人組のひとりは匕首でメッタ斬り、もうひとりは電話ボックス内で刺し殺します。薮原はトイレでやはりメッタ斬りの末に刺し殺し、大森はディスコで踊っている最中にひと突きで殺します。その暴れっぷりは、それまで見せていた軽妙さとは無縁の激しさです。義憤を通り越した、復讐への執念を感じます。

しかし、優しさを見せていないかと言うとそうではありません。最終回で工藤がその優しさを向けるのは、最後に工藤をナイフで刺すスーパーの店員です。

店員が走り去った方向を見て、自分の腹に刺さったままのナイフを引き抜くと、血を拭き取って畳んで放り投げてこう言うのです。

「おい、忘れ物だよ。誰にも言わないから、これ持って帰れ」

以前にレジで散々責めた事に対する詫びの気持ちなのか、また彼を殺人者にしたくないと思ったのか、工藤の真意は判りませんが、自分の生命をおいても店員の事を気に掛ける、ある意味で究極の優しさの発露ではないでしょうか。

つまり、私が思うにこの最終回で工藤は「ハートボイルドの究極形」を体現したのです。自分の生命が危ぶまれる状態で、それでも赤の他人、それも自分に危害を加えた相手の事を思いやれる。こんな苛烈とも思える優しさの表出は、後にも先にもこの瞬間だけでしょう。だからこそ、「探偵物語」が唯一無二のハートボイルドたり得るのです。

 

約1ヶ月に渡って続けて来たこの企画も、今日でひと区切りです。最後までできて安堵しています。また、新たな企画で皆様のお目にかかれれば良いと思います。ひとまず、これまでありがとうございました。